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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(オ)44号 判決 1948年12月14日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は末尾添附別紙記載のとおりであつて、これに対する判断は次のとおりである。

第四点について。

上告人は原審の被控訴人(被上告人)村田に対する本人訊問における同人の供述中「川口が買つてから川口に地代はやりませんでした。川口は貸すことはできないといつてそれ以上話は進まなかつたので、金は持つて行きましたが出しませんでした。持つて行つたことは三四回ありましたが、目の前に出すまでには至らなかつたのです」とあるを引用して、被上告人村田は弁済期の到来した賃料の支払につき、上告人に対し現実の提供をしないから、賃料支払義務につき履行遅滞の責に任じなければならないと主張するが、被上告人村田の右供述によれば、金は持つて行つたというのであるから、上告人が地代を受取ると言えば即座に現金を上告人の面前に出して支払を為し得るように準備ができていたことを窺い知ることができるのである。かように相手方が受取ると言いさえすれば、何時でも支払うことができるのであるから、形式的に上告人の面前に現金をならべて見せなくとも、現金の提供があつたと見るを相当とする。それ故被上告人村田は、弁済期の到来した賃料支払義務について履行遅滞の責に任じなければならない道理はなく、此点についての論旨は理由がない。更に論旨は、原判決において「被控訴人村田において最初の賃料の支払をしようとしたところ控訴人は賃貸借を否認しその承継を認めず、全然土地賃貸の意思のないことを明らかにして賃料の受領を拒んだ為め、被控訴人村田において止むを得ず之が支払をなすことなく、其のまま本件の提起に至つたことが認められる」とあるを引用して、被上告人村田は、弁済期到来の賃料支払について現実の提供をしなかつたことを原判決が認めたものであると主張するが、右判文中「賃料の支払をしようとした」とある部分だけを見れば、被上告人村田は賃料の支払をしようと思つただけで、賃料支払について何等の準備もしない意味のようにも見えるのであるが、論旨に引用した前掲被上告人の供述によれば、被上告人村田は現金を持参して上告人に対し賃料の受領を求めたことが明らかであるから、現金は上告人の面前に出したという事実はなくとも、上告人が受取るとさえ言えば即座に支払できる程度に準備をととのえて賃料の受領を求めたことを表明したものと解されるのであるから、右引用の判文は、被上告人村田が現実の提供をしなかつたことを認めたものであるとは言い得ない。従つて此点に関する論旨は当を得ない。次に論旨は、原判決は毎月弁済期の到来すべき賃料について、上告人は絶対に賃貸借の継承を拒絶して予め受領を拒んでいるのであつて、被上告人村田が賃料支払について所謂言語上の提供を為しても、上告人が受領を拒むべきことは当然推測し得るのであるから、被上告人村田が毎月弁済期の到来すべき賃料支払につき、言語上の提供をしないからとて被上告人村田は履行遅滞の責に任ずべきものでないと説示したのに対し、被上告人村田が言語上の提供を為さざる以上履行遅滞の責をまぬがれるものではないと主張するのであるが、原審認定の如く、上告人が本件賃貸借を否認し、従つて賃料の受領を拒んで居りたとい被上告人から言語上の提供をなされても、これを受領しなかつたであろうことが明白な場合においてもなお形式的に言語上の提供を必要とするが如きは、全く無意義のものといわなければならない。法はかかる無意義を要求するものと解することはできないから、上告人が言語上の提供をしなかつたからといつて、其責を負はすべきではない。要するに本件賃料の支払が無かつたのは、上告人が初めから受領を拒んで居た為めであつて、被上告人村田は支払をしようと思つても支払うことができなかつたのであるから、これを以て村田の責に帰すべき事由による不履行となすことはできない。そして我民法の原則上債務者は自己の責に帰すべき事由による場合でなければ履行遅滞の責を負はないのであるから、原審が右被上告人に責なしとしたのは相当である。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

よつて民事訴訟法第四〇一条、同第八九条により主文の通り判決する。

以上は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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